大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和28年(あ)1683号 判決 1958年5月24日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人長野潔、同満園勝美、同松本嘉市、同佐々野虎一の上告趣意第一点は、憲法三一条違反をいうが、その実質は単なる法令違反の主張に帰し、その余の論旨は、遺棄致死について事実誤認、量刑不当、単なる法令違反の主張であり、すべて論旨は適法な上告理由に当らない。(なお、刑訴二条によれば、“裁判所の土地管轄は、犯罪地又は被告人の住所、居所若しくは現在地による”と定めている現在地とは、公訴提起の当時被告人が任意もしくは適法な強制により現実に在る地域を指すものと解すべく、現実にその地域に在る事由のいかんは問うことを要しないものというべきである。被告人が検察官の呼出を受けて任意に出頭した場合においては、その場所は被告人の現在地であり、該地域を管轄する裁判所は刑訴二条の土地管轄を有するわけである。ただ被告人が自己の意思によらず違法な強制により現在せしめられている場所のごときは、本条の現在地ということはできない。そして、本件において被告人は、検察官の呼出に応じて任意出頭し退去することなく東京において取調を受け、その結果東京地方裁判所に起訴されたものであるから、東京が右刑訴二条の現在地に当るものというべく、従って、東京地方裁判所が第一審として土地管轄を有することは明らかである。されば、所論のように本件裁判が管轄の規定を無視して、刑罰を科したものということはできない。それ故、違憲の論旨は全く前提を欠くものである。(判例集一一巻四号一五〇二頁参照)。

弁護人満園勝美の上告趣意第一点は、原判決は裁判権なしに裁判をしたものであるから、憲法三二条、七六条に違反すると主張する。しかし、本件においては、所論のように外蒙側の俘虜管理の当否を判断の対象とせざるを得ないものではなく、また原判決はその当否を批判したものでもない。元来わが国民は、国外のいかなる場所にあっても、わが刑法三条の支配を受けなければならないものであるから、原裁判所が本件につき裁判権を有しないということはできない。それ故、違憲の論旨は、前提を欠くものであって採ることをえない。

同第二点は、原判決は罪とならない事実に対し有罪を言渡したものであるから、憲法三九条に違反すると主張する。しかし、たとい俘虜としての身分を有する間の犯罪であっても、わが国はその国民に対し統治権の作用の一つである裁判権を有することは明らかである。ただ被告人が外国の俘虜である間は、日本の有する裁判権が事実上行使できないというだけのことで、その間になされた被告人の行為がすべて日本の国法上適法なものとなるわけではないから、日本が事実上裁判権を行使しうる状態となったときにおいて、被告人の犯行を処罰するのは当然のことである(判例集七巻一〇号二〇〇九頁以下第三小法廷判決参照)。そして、原判決は、被告人の所為が俘虜管理として正当行為の範囲を逸脱したものと認定しているのであるから、本件所為が罪とならないという所論は、実体法上の科刑権、訴訟法上の裁判権の何れの面からみても正当ということはできない。それ故、違憲の論旨は、前提を欠くものであって採ることをえない。

よって刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。

この判決は、弁護人満園勝美の上告趣意について裁判官斎藤悠輔の反対意見を除き裁判官全員一致の意見によるものである。

弁護人満園勝美の上告趣意(但し憲法違反の点を除く)についての裁判官斎藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。

原判決の維持した第一審判決の判示第一の事実は、要するに、被告人は、蒙古側収容所長から委任を受けた正当な処罰権行使の範囲を逸脱し隊員に対し屋外留置又は営倉等の処罰を科し不法にこれを逮捕或は監禁したものであるというのであり、同第二は、隊長として蒙古側から支給された食糧等を隊員に支給しその他隊員の保健衛生について指導監督する任務を与えられていたのであるから、当然隊員の身体生命を保護すべき責任を荷っていたものであるのに、生存に必要な保護をしなかったというのである。従って、本件は、結局被告人が蒙古側から与えられた俘虜隊長の職権を濫用し又はその職務に違背したというに帰する。されば、刑法四条の規定の趣旨から見ても、同三条を適用すべき場合ではないと考える。前掲判例集七巻一〇号二〇〇九頁以下の第三小法廷判決は、何等懲罰権をもっていなかったにかかわらず共謀して不法に監禁したという事案に関するものであって、本件に適切でないと思う。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 入江俊郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例